国産ワインの魅力

国産ワインのススメ

「そのワイナリーのシャルドネは欧州の銘醸ワインに一歩も引けをとらない...」私が国産ワインを初めて意識したのは知り合いの編集者のその一言がきっかけだった。その言葉には半信半疑だったが、その編集者は相当な美食家であり、彼の表情は冗談ではなく真剣そのものだった。

古い日本家屋の魅力をそのまま生かした歴史あるワイナリーも多い。 当時、風景写真に傾倒し信州に足繁く通っていた私は撮影旅行から東京へ帰る途上、彼のススメに従って中央高速を勝沼で降りてそのワイナリーに立ち寄り「シャルドネ」を購入した。他に薦められたいくつかのワイナリーにも立ち寄り、このワイナリーの場合はこれ、と薦められた銘柄をそれぞれ同様に購入した。

帰宅早々冷蔵庫に押し込んでおいた編集者一押しの「シャルドネ」がよく冷えた頃合いを見計らい、コルクを抜いた。心地よい樽香を楽しみながらグラスに注がれた黄金色の液体を一口含み、舌の上で転がしてから胃に流し込んだ。豊かなミネラルを感じる淡麗辛口、シャブリのようなニュアンスだった。「ブドウジュースのような甘いワイン」国産ワインに対するそんな認識は一発で吹き飛んだ。「これが国産ワイン...?」思わず驚き、すぐに編集者の言葉には嘘偽りや誇張がなかったのだと納得した。他のワイナリーのワインも今までの偏見を一蹴するものだった。とりわけマスカットベリーAなど国産種のブドウで生産されたワインの秀逸さには驚嘆させられた。

こうして国産ワインに対する認識をすっかり一新した私だったが、この時は未だその奥深い世界や可能性をほんのわずか垣間見ただけだった。

エッセイストであり、画家、コメンテイター、農園主でもある著名な玉村豊男氏からワイナリー立ち上げの決意表明と協力の依頼が来たことを、ある日叔母から伝えられた。叔母は玉村氏と仕事を共にしたことがあり、その縁でワイナリー設立に出資する話が来たのだという。出資といってもワインを10年分先物買いする形なのだが、その金額は安月給の身にとって決して二つ返事できるものではなかった。しかしながら玉村氏の「ワイナリー設立趣意書」を読み、協力を…というより参加させてもらうことを決意した。趣意書は自分の土地で自らの手でワインを作り、その品質を高め、土地の文化風土と併せて多くの人々に楽しんでもらいたいという熱い想いと国産ワインの地位を向上させたいという理想とが散りばめられており、論理的でありながら感動的な言葉が続く文章だった。そしてその縁で玉村氏のヴィラデスト・ガーデンファームアンドワイナリーに幾度となく通うようになり、私と国産ワインの関わりは深まっていった。

美しい夕景が望めるヴィラデストワイナリーのトワイライトタイム。 玉村氏のシャルドネは秀逸なものだった。シャブリの下の等級辺りの白ワインからワインの世界に入っていき、その後ポリフェノールの健康効果訴求を伴った何回目かのワインブームで赤ワイン主体に転向し、そしてブルゴーニュはピュリニー村の秀逸な白を知って再び白主体に戻った私にとって、最もお気に入りのワインはピュリニー・モンラッシェのルフェールの畑のものだ。玉村氏のシャルドネを最初に味わったときに感動を覚えたのは、そのお気に入りの一本に傾向の似た逸品だったからだ。

シャルドネから産み出される白を、極めて大雑把に二つに分けるとシャブリのような淡麗辛口系とムルソーやモンラッシェのような濃密系に分けることができると思う。ヴィラデストの1stワイン、ヴィニュロンズリザーブ・シャルドネは後者の系統と言える。

国産ワインの品質は日進月歩の勢いで向上しているが、同等の価格を出せば一定レベル以上のワインを世界中から選ぶことができる。単にワインそのものの味わいだけを比較すれば国産ワインを選択する頻度は低いかもしれない。しかし、ワインの魅力と楽しみ方は単に味に絶対的な優劣をつけるだけでなく多様である。

丹精込めて育てられるぶどう畑を眺めながら、その土地のワインを味わう。 大小さまざまなワイナリーを訪れ、大地の恵み豊かな田園風景と丹精込めて育てられたブドウ畑を眺め、果実の輝きや土の香りを感じながら、その畑で収穫されたブドウから産み出されたワインを飲む楽しみ。そこでは作り手の顔が見え、ワインづくりにかける想いやこだわりを直に知ることができ、ワインが媒介となって地域の人々とそこを訪れる人々の交流が生まれる。目の前の畑で収穫したばかりの食材を使ったこだわりの料理を供してくれるカフェでワインを傾けながら楽しむゆったりとした時間。時には畑を歩いて収穫間近の成熟した果実をこっそりつまみ食い...このように農産物としてのワインの本来的かつ贅沢な楽しみ方が気軽にできるのが国産ワインの魅力だ。

樽の中でゆっくりと熟成されるワイン…静かな時間が流れて行く。 国内のワイン産地には甲州種を世界に誇る勝沼地区、国内最高品質のメルローを栽培する桔梗ヶ原など産地ごとに特徴があり、それぞれの地域の大小さまざまなワイナリーは実に個性が多様で飽きさせない。単にワインの味を飲み比べるだけでなく、旅を通じてゆったりした時間の中でいくつかのワイナリーを周り、その地域の風土と文化、人々にふれながらワインを楽しむ...これこそ国産ワインの魅力である。

さあ、今日はどこのワイナリーへ旅しようか。

高野 丈

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